管長の修行問答

2008.08.26

死の覚悟

中年を過ぎる者は達観を覚え他者を受け入れる事を心せよ

自観をもって「いつ死んでも構わない」という心境にまで達するでしょうか。

2008.08.23

死の準備

力を抜いて自然の一部として死を迎えると良い

現在45才の健康な男性です。しかし、明日生きている保証もなく、それに対して死ぬための準備がまるでできていないことを反省し、身辺整理など準備を進めています。死ぬ準備ができてこそ、より積極的に生きることができると考えるからです。その中でお伺いしたいことです。家族には葬式や墓は不要、骨は迷惑にならない所に捨てるようにと頼んでありますが、よろしいでしょうか。

2008.08.22

習気

自らのあらゆる欲求こそが習気である

自分自身の習気(じっけ)を本当に見極めるのはどうしたら良いのでしょうか。自分の行為の善悪が因果となるのではなく、習気こそが因縁の主体のような気がします。

2008.08.21

陽光

あらゆる大自然の営みを通し神と出会う

雨上がりの陽光はとても清々しく神々しささえ感じます。これは気の移り変わり以外に、どのような作用によるものでしょうか。

2008.08.20

気付き

気付きは匹夫の理解から聖人の悟りに至る

気付きの正誤の判断の仕方をお願い致します。

2008.08.18

祈り

打算なく欲心なく只素直に神を讃えよ

「神様の御心に適う事なのだから」と思うのですが、よいでしょうか。お祈りをする時の注意点をお聞かせ下さい。

2008.08.17

慈愛

衆生への慈しみと衆生の悲しみを共にす

「慈悲」の意味を辞書で調べると「いつくしみあわれむこと」とあり、「慈しむ」とは「かわいそうに思う、あわれだ」、「哀れむ」は「かわいそうに思う、不憫だ」とありました。この意味でよろしいのでしょうか。また「慈愛」との意味の相違をお教え下さい。

2008.08.16

相互理解

誠実を第一とし対話を第二とす

物事を伝えたい時、言葉が足りずかえって誤解を与えたり、逆に相手を誤解しています。そしてその事に後になって気付きます。凡夫間における「理解」とは。 そして誤解をなくす(解く)には何が必要でしょうか。

2008.08.15

瞑想

複数を対象にするより一事に集中すると良い

瞑想中、一度に沢山の疑問の思考をしないで一つずつ行った方がよいのですか。

2008.08.07

自観法

嫌な体験は記憶力を低下させる

自観法をする時に、過去の嫌な感情や出来事そのものさえあまり思い出せません。これはどうしてなのでしょうか。