在家で仏教・神道を学びたい人のために
2024.02.25
その年齢には大なり小なり多くの人が不可思議な体験をしているものである。大脳生理学的には十歳にして脳が完成することに伴う感覚の試行が為されているということになるのだろうが、霊的には、霊界へと通じる次元を体験させられているのだと私は考えている。私も同様にこの時期に於いて時間が無制限に速く進む恐怖というか不安の体験を毎月していたのであるが、広くは同種の体験と思われる。たぶん大人になってこの様に求道に生きる者たちというのは多かれ少なかれ、この種の体験をさせられているようである。言い換えれば豊かな感性を持っていることを意味する。悟りへの道程は感受性を抜きに語ることが出来ないからである。
遂にはその感受性を脱ぎ捨てねばならぬのだが、そこまではこの感受性こそが事象を見誤ることなく正しい道へと導いていくからである。その正常な能力を身に付ける道程の中でその様な体験をすることになるのである。その意味で鈍感な者に正しい道を求める力はなく求めようとしても正しい道が顕われることはないのである。
脳は常に錯覚の中にあるということが出来るのだが、その錯覚は決して意味のないものではない。空なる世界を仮の世として形有る世界として認識するのは脳である。それは錯覚であると同時に仮としての真実(所謂現実)であるのだ。その空と仮を統合し中として把握するのも脳の働きである。その働きを裏で支配しているのが霊であるのだ。実に感性こそが実は真実への第一歩なのである。