管長の修行問答

2023.03.01

やりたくない事

自分がやらねばならない事とやりたい事の両立を成せ

私自分がやりたくない事や苦手な事は、クリアしなくてはいけない課題でしょうか。いろんなソフトウェアや市販のもの、人から教えてもらい、その場を乗り切っていますが、それでも苦手意識は消えません。自分の力だけでやっていない事の罪悪感はありますが、それも淡々と感謝してやっていていいのでしょうか。今、他の人との距離感が、いい感じで過ごせるようになりました。相手の思いが、良い感じで聞けるようになりました。会のおかげです。ありがとうございます。(福岡・M)※本問答は2023年3月・441号のものです。

この事はいくつかの視点で捉える必要がある。

この世的処世術の観点からは自分が得意とする分野で仕事を為し成功するのが正しい選択である。苦手なことは他者の助けを借りて為すならば広い意味ではそれはあなたがやったことを意味する。

こうやってあなたが人生の成功者となったならば残りの人生の中で敢えて自分が苦手とするものに挑戦することは人生を豊かにするという意味で有意義である。その場合の苦手意識も三年以上やり続ければ消失するものである。その時にはいままでとは違った地平があなたの前に開けているのかも知れない。苦手なことは苦痛を伴うが、それを成し遂げた時にはそれ以上の悦びを手にすることが出来る。

一方、霊的観点から見たときには、苦手な事柄を克服することはやはり有益な行為と見なされる。それは自己克服であることを意味するからである。

ところが、更に異なる霊的観点に立てば、この世は霊的修行即ち自我を滅することの一事に集約され、苦手なことにわざわざ挑戦する意味は全くないのである。苦手に挑戦すればするほど苛立ち、他者と対立し、体調を壊す日々ならば、そんな事をしていることは愚か以外の何者でもないことになる。仏陀の教団が森の中に出家し心静かに修行に励んだ様に、あなたもストレスがかかるものからは遠のく方が賢い選択ということになる。

しかし〈現実〉という事実があなたを襲い苦手な事をせざるを得ない情況なら覚悟を決めて必死に学び身に付けるしかない。そのどこにあなたが位置しているかで、その判断は異なってくる。ケースバイケース。あなたにとって最も有益な選択をするしかない。それをしなければ現実的にやっていけなくなるのならやるしかないのだ。だが、やらなくて済むのならやる必要はなく、あなたのやりたいことをするべきである。