管長の修行問答

2022.08.01

前兆

物事には必ず何らかの前兆があるので気付く習慣をつけよ

これまでの人生で経験した大きな問題やトラブルを思い出したとき、それらが生じる前に、今のは少しおかしいとか間違っているのではないか?と瞬間的に感じていたにも拘わらず、それを訂正したり、正しく対応することができず、問題を生じてしまったことが何度かあることに気づきました。その原因として、頭が固くなっていて周りが見えていなかったことや経験が不足していたことなどを考えていますが、如何でしょうか? また、問題を生じさせないために、そのように感じたときは立ち止まってもう一度全体を眺めて正しいかを判断することと、できれば他人に相談することも必要ではないかと感じています。対応につきまして御指導よろしくお願い申し上げます。(福井・W)※本問答は2022年8月・434号のものです。

その様な体験は誰しもが多かれ少なかれ経験しているものである。そういう時、大方の人はあなたと同じ選択をしているものである。その時の「何か変」と感じたことも決定的な力強いものでない限り、人はそこで立ち止まることはなかなか難しい。不安や疑いの念が強いタイプの場合でも、相手の関わりの中で話が進んでいっている時に自分の都合だけで、その流れを止めることはなかなか出来ないことである。そういう時に即座に異議を唱えることが出来るのはタイプ8ぐらいだろう。

しかし、今こうしてその事実に気付かれたということは大いに良かった。あなたの体験からも分かるように、直感的に何かおかしい、と思う時には、話を一旦保留にするというのは正しい選択である。相手がいる場合には「詳しい者がおりませんので、後で!」でも何でもいいので理由をつけてしばし物事の進展を中断させ、次の行動を待ってもらうという選択は重要である。その間に家族や同僚らに話して、その変と感じたことの裏を取るのである。それで問題がやはり有るとなれば、その時点で発見されて良かったということになる。その意味で直感は決して無視すべきではないことを知っておく必要がある。

もしトラブルへと発展した時にはとにかく慌てないこと。一日ゆっくりと考え、誰かに相談し、心を静めて対処することで、それ以上傷口を広げないで済むものだ。一番良くないのは焦ってバタバタと場当たり的に対処して更なる失敗や損失を繰り返すことである。

何であれ、日頃から神仏を崇(あが)め謙虚な心をもって生きている人は、そういう時でも必ず助けてもらえるから心配いらない。必ず何とかなるから落ち着いて冷静になることである。また時間が解決もする。万が一最悪となった人は、業が果たされたと理解し受け入れることである。