在家で仏教・神道を学びたい人のために
2015.01.01
十徳目の智慧の徳目に関してお伺いすることを御許し下さい。智慧(ちえ)について御説きになっている九つ目の徳目に「智慧とは研ぎ澄まされた器である」とございます。我々は自分の「器」をいつもいつも、自分でいっぱいにしてしまっていて、「こうでないと私はだめだ」「これがないと死んでしまう」「こんなはずはない」等、握りしめた想いで満たしてしまっているのではないかと思います。その握りしめた想いを、「器」から一気に流し出してしまえたら、そこには只、そのものがあるのではないかと思います。器を研ぎ澄ますとは、こだわりの想いを捨て続けて、一時的ではなく、本当に捨てきった姿のことではないかと思いましたが、その様な考え方で宜しいでしょうか。(神奈川・S)※本問答は2015年1月・343号のものです。