管長の修行問答

2008.07.26

習気

悪しきは自観し善は更なれ

自分の習気から逃れるにはどうしたらよいのでしょうか。

習気は、この世では、習い性として我々の前に出現する。
言うなれば習慣性である。
本人が意識するしないに拘らず、無意識のうちに、行為しているものである。
それ故、その悪しき習気から逃れるためには、上述の如く、まず真実の自分を客観的に把握する必要がある。
次に、その習性として現われる欲求なり行動に対し、理性をもって、それで良いのかと問い質すとよい。
その瞬間に心はかなり冷静となるものである。
大方の人には、どの行為が善で、また悪であるのかは、およそ見当がつくものである。
ところが、自身の上にそれが生じると冷静でなくなり、自分の都合の良い方を善として、結論づけるのである。
この愚かな思考パターンさえ注意していれば、悪いことは悪いと大方気付けるようになり、その時自観をするよう心がけると、少しづつだが改善されるようになる。
その最終段階として三大欲と呼ばれている睡眠欲、食欲、性欲の克服が一般に挙げられるのだが、釈尊は、その答えを中道という表現でなされた。
即ち、肉体のある身なれば、精神さえ自由であるならば、極端に走る要なく、自然と調和した形で良いとされたのである。