在家で仏教・神道を学びたい人のために
2021.06.01
あなたには美しさが内在するからいいね。同じ人間でも汚さを内在させる者は常に嫉妬と捻くれと怒りとに支配され正しいものを見ることが出来ない。最近毎日のように耳目する無差別殺人のニュースには暗澹(あんたん)たる思いにさせられる。間違った選択の主たちである。彼らは自分の不幸の一切を家族や周囲の人のせいにして自分の因について何一つ考えようとしないのである。
では彼らの行為は、その苦しみが耐えられなかったからだろうか。その一因が無かったということは出来ない。今や、犯罪の背後には必ずその人物の生い立ちが取り上げられ、幼少や青少年期に於ける何らかの屈折した心理が、凶行へと及んだと結論付けるのである。だが、それは一つの事実であるが、全ての事実ではない。何故なら同じ目に遭ってもそうならない子が大半だからである。そんな家庭環境にあって誰よりも立派な人格者となった例は少なくない。
ただ、毎日毎日殴られ罵ののしられ侮蔑され続けた場合には話は違ってくる。どんなに可愛がっているペットでも過度にいたずらを仕続けた時には本気で攻撃してくるのが自然の原理だ。それから推し測るなら、毎日過酷な攻撃を受け続けた青少年は、遂には精神が破壊され、あらゆる人に対して攻撃的となるのである。また、この様に外へ向かって攻撃性を発揮出来ない弱い精神の人は恐怖に陥り、自分の殻から抜け出せないようになる。時には自殺へと向かうのである。一方、このような状況下でもジッと耐え続け遂に一人立ちし、立派な大人へと成長する者もいる。この差は持って生まれた天賦の違いである。
人は違う。実にタイプ別が如く十八種類に大別する。そしてそのタイプも上級者中級者下級者と分かれ、下級者は人格下劣で、人殺しを犯す者までいる。普通には人を騙し人を陥れ、周囲に不幸をばら撒く人々である。彼らは時代の声に呼応して次々と表舞台へ登場する。個の悪も時代の悪の牽引力によって一層表へと出現するのである。その意味では悪人はその役割を演じているということが出来るだろう。それは常に人類への警告でもある。
だが、基本となるべき法則は修正させていくものだ。決して悪化させるものではない。根本の原理は人を正しい道へと誘うものであるのだ。しかしそこに絡んでくるのが過去世の因縁である。それが作用することで、現実の出現も精神の葛藤も複雑化する。それにより人々は因果の法則を捉えられなくなり、愚者へと落ちていくのだ。
あなたが言うように、あらゆる艱難(かんなん)は自分にとって乗り越えられないものはなく、その都度克服していくことで人は成長し、他者に支えられ、生きていくことが出来るのである。だから、常に自分の欲に走った選択を繰り返していると、人生を誤った方向へと行かせることになる。
あなたが言う反省と改善を為せる者は実に優れた人である。その人は日々向上している人であり、年を経る毎に深みを増し、魅力的な人格へと成長する。一方で反省のない者は改善せず恨みは復讐へと凶行に及ぶ。哀れな者である。