在家で仏教・神道を学びたい人のために
2014.05.01
①「分かり合えないことが悲しい」とは何ともおとめチックで失笑を買いそうである。十七歳の女の子のセリフなら問題ない。しかし、四十を過ぎた女のセリフではない。年齢差も有る。男女差も有る。環境差も有る。その時の気分の差も有る。教養の差も有る。何より人格の差が有る。にも拘わらず、同意を求めようとするあなたの“甘え”には哀れを感じる。
あなたは早く大人にならないといけない。他人は所詮他人であることを早く悟るべきである。その上で、お互いが助け合える社会を形成しなくてはならないのである。
この行為は、依存心に他ならない。誰かに依存しなくては生きていけない愚かな人間の姿である。愚か故に、その依存を拒絶されると、その相手に不満を持ちひどい場合には復讐を考える。更に、自分の不幸はそいつの所為だと思うに到る。
「慈悲の心」とは「甘えたい心」のことである。あなたの甘えに対して、若い彼は「ノー」と言ったに過ぎない。何故なら彼は、あなたより大人だからである。
②まともな人間は、現実を受け入れられない時は、それを闘い抜くか、そこから離れて別の受け入れられる現実を選択するものである。そうすれば、ひねくれと関わる必要はない。闘い抜いて勝つしかないのである。勿論勝つ相手は自分に他ならない。
但し、もはやまともな精神状態でない異常心理者がいる。彼らに到っては、自己克服は出来ないので、その場合には親をはじめとした周囲の者の深い愛情なくしては回復仕難い。故郷に帰って暮らすのもその一例である。