横綱の手数入り(土俵入り)
『大相撲と神道とは深い関連があります。
明治神宮では、毎年正月と秋の大祭のときにも横綱による手数入りが奉納されます。
相撲と明治神宮とのかかわりは長く、創建前、大正七年(一九一八)、明治神宮外苑の地鎮祭のときに、大日本相撲協会が地固相撲の神事を行ないました。また手数入りは、大正十一年(一九二二)に、横綱の大錦が拝殿前で奉納したのが始まりです。 ちなみに「手数入り」の「でず」とは、技の意味です。
大相撲本場所の前日には、土俵開きというお祭りを行ない、邪気を祓い場所中の息災(そくさい)を祈ります。
相撲の起源
『古事記』では、
建御雷之男神
が
大国主命
の子の
建御名方神
に力比べで勝ち、国を譲り受けました。
『日本書紀』に、第十一代
垂仁
天皇の前で、
野見宿禰
と
当麻蹶速
が相撲を取った伝説や、
皇極
天皇の時代六四二年、
百済
からきた王族の使者のための
宴
で相撲を
相撲
したという史実が残っており、相撲の起源といわれています。
相撲は、力比べだけでなく、豊作の吉凶を占う農耕神事としても行なわれてきました。
奈良時代七一九年、「
抜出司
」という相撲を司る官職が置かれました。平安時代初期には毎年作物の豊作を祈る宮中行事「
相撲節会
」が行なわれ、三百年ほど続いたとのことです。
俳句で相撲は初秋の季語ですが、毎年七月(陰暦)に行なわれた宮中行事によるものだそうです。
ほかに、鶴岡八幡宮などの有力な社寺では、「相撲職」と呼ばれる専門職も作られました。
全国神社での相撲神事
今も全国の神社では、相撲の奉納行事が数多く行なわれています。
その中の一部をご紹介しましょう。
「 唐戸山神事相撲 」(石川県: 羽咋 神社)は、垂仁天皇の皇子(みこ)で相撲好きとその 仁徳 で慕われた 磐衝別命 の命日に行なわれたのが始まりです。「水なし、塩なし、待ったなし」の文言で有名です。江戸時代、力比べが禁止される中、歴史ある行事として特別に許可されていました。毎年九月大祭のときに行なわれ、同県の無形民俗文化財に指定されています。
「 一人角力 」(愛媛県・ 大山祇 神社)は、力士が稲の精霊と相撲を取ります。観衆には一人で相撲をとっているように見えますが、その姿は大迫力で同県の無形民俗文化財に指定されています。毎年旧暦の五月五日に行なわれ、三番勝負のうち、人が一、三番を負け、豊作を祈願します。
「神相撲」(福岡県・ 八幡古表 神社)では、「 傀儡子 」という神様の人形が舞ったり、相撲を取ったりします。人形は三十センチや六十センチと様々で、四十七体あるうちの多くは鎌倉時代に作られ、国指定重要文化財です。
「泣き相撲」(栃木県・ 生子 神社)は、子供の健やかな成長を祈願して、毎年九月の大祭のときに行なわれます。
「花相撲」(茨城県・鹿島吉田神社)では、毎年七月に子供たちが行列して神社に入り、可愛い紅白のまわしをつけて相撲を取ります。
相撲絵 不知火光右エ門 横綱土俵入 浮世絵 歌川国貞
1825-1879 幕末-明治時代の力士