祇園祭
京都八坂神社の祇園祭は、千百年余の伝統があり、毎年七月一日「
疫病退散を祈願した
当時、平安京では疫病が大流行し、鴨長明の『

祇園祭 宵山
そこで、八六三年に平安京の広大な庭園だった神泉苑で、仏教経典の読経、神楽・田楽や踊りなど、祟る霊を鎮めるための御霊会が行なわれました。
しかし、疫病の流行が続いたため、八六九年に平安京の国の数六十六本の
やがて平安末期には、毎年
山鉾は、南北朝、室町時代、桃山時代、江戸時代時代を経るごとに、中国、インド、ペルシャなどからシルクロードを経て持ち込まれたタペストリーや京都の金襴・西陣織などの装飾品、優れた彫刻や精緻な工芸装飾品で豪華絢爛に飾られるようになり、現在「動く美術館」とも称されます。
現存する三十三基の山鉾のうち二十九基が、国の重要有形民俗文化財に指定されています。
八坂神社は、元は感神院という天台宗の寺院で、古くは比叡山延暦寺の天台座主が住職を兼務したという古い寺院です。この感神院の末社に「祇園社」という神仏習合の社があり、ご本尊は
牛頭天王は、歴史的には、インド、中国、日本と伝播するに従って習合を重ねつつ成立し、複雑で諸説あります。インドでは
日本では、
強力で荒々しい神様と恐れられる一方、逆に丁重にお祀りすればかえって災厄から守って貰える除疫神となると考えられたのです。
日本神話では、素戔嗚尊は、
現在八坂神社の御祭神は素戔嗚尊、櫛稲田姫、七男一女の王子(八王子)

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