東洋哲学研究会

2021.11.07

論語 顔淵第十二 11

論語勉強会議事録

2021年11月7日(日)11:00~12:00

開催場所:春秋館

議事内容:今回も引き続き、「孝」に関連する章としてとりあげました「顔淵第十二 11」より、君臣父子の名分を正すこと(正名)について議論致しました。

テキスト「論語の講義」諸橋轍次


顔淵第十二 11

齊景公問政於孔子。孔子對曰、君君、臣臣、父父、子子。公曰、善哉。信如君不君、臣不臣、父不父、子不子、雖有粟、吾得而食諸。

せい 景公 けいこう まつりごと を孔子に問う。孔子 こた えて曰く、 きみ 、君たり、 しん 、臣たり、 ちち 、父たり、 、子たり。 こう 曰く、善いかな。 まこと し君、君たらず、臣、臣たらず、父、父たらず、子、子たらずんば、 ぞく りと いえど も、 吾得 われえ これ くら わんや。

意味

齊の景公が、政治の要道を孔子に質問した。(この時、齊の国では、大夫の陳氏が君を弑するという不臣の行いをなして権を専らにし、景公は又景公で、婦人の関係から家庭が乱れて太子を廃するようなことをなしており、君臣父子の道の乱れていた時である。そこで)孔子は、この景公の質問に対して、君と名のつく地位に立つ人は君たるの実を実行するがよい。

臣たる者は臣たる実を行うがよい。父は父、子は子、それぞれ又同様である。名に伴うだけの実を行ってゆく名分の教こそ政治の要道である、と答えた。(この名分の教は、もちろんいかなる時にも、いかなる場合にも通ずる教であるが、特に景公に取っては、最も身に切なる教であった。)そこで景公は、まことにその通り、実に結構な教である。只今の言葉の通り、君たる者が君たるの実を行わず、臣たる者が臣たるの実を行わず、父は父、子は子の実を行わぬような名分の乱れた社会が実現すれば、たとい食物が十分にあったとしても、我々は安んじてそれを食って生を楽しむことは出来ぬであろう。と言った。

この章の最後に述べる景公の言葉によれば、一見、孔子の教を受諾しているようには見えるが、不幸にして景公は、これを実行に移すことを忘れ、ついに齊国の大乱をかもし出すに至ったのである。

(諸橋轍次訳)

議事要約

本章では、孔子様が景公に政の要道を問われ、「君、君たり、臣、臣たり。父、父たり、子、子たり」という平易な言葉を通して、政の要道とは「名分を正す」=「正名」であることを伝えられています。

それに対して、景公は「まことにその通り、実に結構な教である」と答えていますが、その意味を探究することなく、実践することなく、齊国は、宰相晏嬰によって一時栄えたにもかかわらず、大乱が起こって弱体化し、後に陳氏に乗っ取られてしまいます。

①政の要道としての正名とは何か
②孔子様のお言葉に対する景公の反応をテーマに、正名とは何か、名実一致のためにどうすればいいのか、法語をいただいた時どうすべきなのか話し合いました。

①政の要道としての正名とは何か
子路第十三3で孔子様が子路に向かって「正名」について説明されている内容を読み、「正名」とは名と実の一致をめざすこと、名分の教は礼楽刑罰の基礎をなすものであり、孔子様の、徳治政治(仁政)及び周礼を再興・復活の志をしめすものであることを確認しました。

  • 名はその人の份をあらわし、その人のなすべき行動、言うべき言葉を示すものであり、社会秩序を保つもので、何らかの普遍性をもつもので、五常八徳=道徳に根拠をなすものなのではないか。
  • 父は慈あるいは仁であり、子は孝であり、君は、臣を礼し、臣は君に忠であろうか。
  • 君臣父子は相対的存在で、君がより君として存在すれば結果として臣はより臣となりえるし、逆もまた同様。自分の立場をまっとうすることが、相対する立場の人にも影響していく。こうした作用が自然原理と言えるのではないか。
  • 己の命を知って、己を正し責任を果たすことが正名、名分を正すことだと思う。
  • 漢字は象意文字で、漢字自体に深遠なる意味が込められている。名を大事にして、名実一致させることに深い意味があるのではないか。
    さらに名実一致のためにどうすればいいのかについて、次のような意見が出ました。
  • 日々三省し、説法などによる聞熏習によって実行し、積み重ねることで名分一致させるしかない。
  • 反省と聞くことの繰り返しが大事。本来ある慈しみ・敬う気持が自然にわきあがる。
  • 自分の中に具わり本来わかっているものに、自ら考え、気付ける。だから今まで通り、自分の、各々のやり方でいいというのは、違う。死を厭わない決意なしに正しいことは分からない。孔子様という、おわかりになる師につかないとわからない。

②孔子様のお言葉に対する景公の反応
我身に置き換えて、痛感するところがありました。

  • 景公は、「享受するが探求しない者」と朱子に評された。弟子の名分としては、師の御話を伺って良かった、素晴らしいで終わり、享受して探求しない者ではダメだと思う。

議論

<議論>司会:遠雷、議事録:柴里

遠雷:今回の章は、「名分を正す」ことについて書かれています。三つから四つの観点から話し合いをしたいと考えています。まず、なぜ正名が政の要道なのか。これについては凡知さんが紹介してくれている子路第十三3に、孔子様が「名分を正す」ことの詳細を語られています。次に、景公の答えについて、これも凡知さんが紹介してくれている子罕第九24を参照して、検討したいと考えています。孔子様が、法語の言(条理の整った正しい言葉)を以て教え戒めて下さったにもかかわらず、景公は、口先だけそれに従っただけで、実際の行ないをその言葉によって改めることはなかった。そのため、斉の国は陳氏に滅ぼされることとなった。更に、いつの時の会見なのかという点と、冥加さんがそれぞれの漢字の意味を調べてくれているので、それについても触れられればと思います。

遠雷:景公が孔子様に政について質問したのに対して、孔子様は、名分を正すことだと答えられました。それはどういう意味なのか、詳しくは子路第十三3にありますので、凡知さんに解説していただければと思います。

凡知:子路が、衛の君が先生を迎えて政治を託されることでもありましたなら先生は何から先に手をつけられますか、と質問した。これに対して孔子様は、その場合は、何といっても名分を正すことであろうと答えられた。名を正すとは、父という名のある者が父の実を行ない、君という名のある者が君の実を行なうようにすることである。然るにもし、この名が正しからず、名分が乱れたならば、名実の一致しない父の言葉や君の命令などが順当に行われる道理はない。このようにその地位にある人の言葉が順当に行われなくなれば、世の中の万事、何一つ成り立つものはない。なかんずく、政治上の重大要件である礼楽は衰えて盛んにならず、刑罰も中庸を失い、中道を外れるであろう。礼は父子・君臣その他の人倫の分を明らかにするものであり、楽は父子・君臣その他の間を和合するものであり、刑罰は父子・君臣その他人倫の間における乱れを正すものであるが、名分の教が立たなければ、これらの礼楽刑罰はすべて失敗に帰するであろう。ここに至れば民はこの広い天地の間にもその手足をおくところのない、みじめな生活をするようになる。これほど重大なものであるから、君子は、父と名付け、君と名付ける以上、必ずその人が父としての正しい言葉、君としての正しい言葉を言い得るように名分を正すのである。又、その言葉を出すに当っては、それが必ず実行出来るようにするのである。

遠雷:名はその人の份をあらわし、その人のなすべき行動、言うべき言葉を示すものであり、それによって社会秩序が成立するものだと考えられます。諸橋氏の解説では、「まず正しい言葉を言いうるように名分を正し、その言葉を出すに当たっては、それが実行できるようにするとあり、言葉が先に来て、行動がその後に来ているのが興味深かった。言葉が先に来るものでしょうか。楊氏が語っていますが、それら君臣父子の名分には根拠がある、道であると語っています。名分がどこからきているのか考えるのが大切と考えます。

耕大:言葉で伺った時になんとなく分かった気になるが、言葉だけで理解しているのでその意味するところをもっと掘り下げたい。

遠雷:子路第十三3の解説で、「礼は父子・君臣その他の人倫の分を明らかにするものであり、楽は父子・君臣その他の間を和合するものであり、刑罰は父子・君臣その他人倫の間における乱れを正すものである」とありました。礼楽刑罰は、社会の基盤となるものですが、「名分の教が立たなければ、これらの礼楽刑罰はすべて失敗に帰するであろう」とあるように、名分の教が、礼楽刑罰の前提となるもの、土台となるものとされているようです。

凪沙:李氏第十六12に景公は莫大な財産を持っていたけれども、死んだ時は誰も死を悲しむ人はいなかったという話があります。景公を戒めるために孔子様が仰った言葉だと思いました。

遠雷:景公は孔子様のお言葉を実に結構な教えだと答えていたが、その意味するところを理解することもせず、その言葉に従って実行することもなく、景公は自分の部下である陳氏に滅ぼされ、代々斉の国を継いでいた景公の家系は滅ぼされた。君臣父子の根拠となるもの(五常八徳=道徳)は何なのか。父については、冥加さんは仁、凡知さんは慈としている。子は、私たちがずっと学んでいる「孝」。君は、臣を礼し、臣は君に忠である、と。

冥加:八佾第三19によると、君から臣へは禮を以て使う、臣から君へは忠を以て事う、父から子へは仁か、凡知さんの言う慈か、五倫の親か?子から父へは孝。名分についていうと、景公は、「享受するが探求しない者」と朱子に評された。弟子の名分としては、先生の御話を伺って、良かった、素晴らしいで終わり、享受して探求しない者ではダメだと思う。

遠雷:御話を伺って、わかったような気になり、それ以上理解しようとしない。さらにそれを実行しようとしない。景公と同じようなことを繰り返している自分にとって、耳の痛いシチュエーションです。

泰成:子路第十三3の諸橋本の解説に書かれている通り、名分を正しても、「実」の部分がどういう行動をとるべきか明確にならないと実践しにくい。

涼風:維摩會で仏教哲学を受講し、わからないなりにも蓄積すると感じる。孔子様のお話、反省と聞くことの繰り返しが大事。本来あるこの慈しみ・敬う気持ちが自然にわきあがる。どうすべきかではなく、おおい隠されているものが、本来もっているものが表面にでるように。

耕大:君は臣があるからこそ存在するのであり、臣は君あって初めて存在しえる。父は子があるからこそ父であり、子は父あってこその子である。すべては独立して存在することは無く、相対的存在に過ぎない。君だけ父だけは存在しないのだ。君がより君として存在すれば結果として臣はより臣となりえるし、逆もまた同様。君が君としての役割を果たさなければ、臣も臣としての役割を果たし得ない。つまり君が君たることで、臣も臣となる。自分の立場をまっとうすることが、相対する立場の人にも影響していく。こうした作用が自然原理と言えるのではないか。(その裏には五常八徳というものが作用しているものと思う)

桃太:景公はどうして孔子様がそう言われたか、もしかしたら自分がそれが出来ていないから言われたのではと思いをいたすべきだったと思う。吉田氏によると側室が多く太子を立て教育する事もなかった。(政を問うからには)もっと突っ込んで質問すべきだったと思います。これは自分達にも当てはまる事ですが。

遠雷:景公は、自分の価値観から抜け出すことができないままに終わった。

凡知:実行しながら、それぞれがどうとか、日々三省、説法などによる聞熏習。名と実が一致するようになる。最初からできている人は少ない。一気にはいかない。積み重ねが名と分を一致させる、そのように実践するのみ。

遠雷:名と実を一致させるという方向性が示された。あとはその方向性(目標)に向かって、凡知さんの言ってくれたように、①実行しながら、三省し、進んでいくことと、②法を聞き、それを積み重ねて、本来あるものが浮かび上がってくるように努力することかと思いました。

凡知:先ほど話した子路第十三3にもあるように、「国の混乱、民の不安を取り除くために、名分を正すべきである」と、孔子様は言われたのである。道の廃れた世にあって、周王朝初期の政治制度であった徳治政治(仁政)及び周礼を再興・復活しようとする志があったのではないか。

降人:名分を正すの実践は現実は難しい。教えていただいても自分なりの名と自分なりの実をなかなか抜け出すことができない。人それぞれの段階があって、いたしかたないのかもしれない。ジェンダーの問題もあり男らしく女らしくはどうなのか、時代により変わる部分もあるのか。先にお二方が話されていた人間が潜在的にもっているものという側面と、また、天の律(天律)のようなものが存在しているのではないかと思う。それを孔子様などが五常八徳としてお説きになったのだろうか。両面(到達できないというもどかしさと、天の律としての普遍性の両面)を感じたとういうことです。

冥加: LGBTの権利を声高に叫ばれると、君君臣臣。父父子子。が頭をよぎる。己は己らしく生きているのか。己らしさとは?責任を果たした向こうにあるのか。論語的には天命を知る。己の命を知って、己を正し責任を果たすことが正名、名分を正すことだと思う。そもそも論では、最古の漢字辞典(紀元100年、孔子様の600年後)『説文解字』では、父は矩也。家長で、右手で杖を掲げ、率いて教える者。矩は、「矩を踰えず」の矩。原理、原則に従い導くのが父。君は尊い存在。(尊くなければ君ではない。名折れ。)尹は、口で(尹+口で君という会意文字)発号して衆を率いるの意。尹は杖を持った手の象形。洋の東西を問わず杖を持つのは魔法使い。尹は、神と感応し神託を伝える者。この尹の文字を二つ持つ者は、 伊尹 いいん 。商(殷)王朝初期の伝説的宰相。 とう おう を助け、夏の けつ 王を討って天下を平定した。臣は、上方(君)を見る目の形。

遠雷:冥加さんの解説を聞いていて、漢字はそもそも象意文字で、漢字自体に、本質的で深遠なる意味が込められている。そういう意味でも、名を大事にして、名と実を一致させることには深い意味があると思いました。

秋実:原理原則は変わらない。しかし、それがわからないから、それぞれが自分なりの正義で生きている。どう生きているのかと言われると、本当に耳が痛い。日本の天皇陛下は君として生きておられると思うが、国民は臣として生きているのか。勉強する意味を感じた。

奏江:天命、本来そなわる自分の役割というものは礼をもってよりよくひきだされるのではないか、と思う。生徒は下で、教師の自分に従って当然という意識があるが生徒に礼をつくすことによって礼というものを教えることができるのではないかと思う。君が臣を礼するのはその実というものを発揮させることが1つの目的ではないかと思う。実を発揮させるには礼という形をもって行うことにより、その実というものがひきだされるのではないかと思う。それは自分で気付くことが難しいからである。生徒さんに礼を教え、躾をきびしくやっている、なかったらもっと乱れる。礼は、若い人に種をまき、改善をすることに繋がるのではないかと思う。実をだすために名、形が必要。礼を学んで改善。

遠雷:礼とは、人倫の分を明らかにするものとありました。名分を理解することはスタートであり、目標地点でもある。「君、君たり、臣、臣たり、父、父たり、子、子たり」という孔子様の(一見、シンプルに聞こえる)言葉の意味するところは深い。

冥加:釘を刺したい。自分の中に具わり本来わかっているもの(天命:仏教的には真如)に、自ら考え、気付ける。だから今まで通り、自分の、各々のやり方でいいというのは違う。それでは分からないんだよ。

謙二:大切なのは自らに間違いがあると認めることだと思う。諦めるのではなく失望するのでなく、一歩一歩進むこと。ここにいる仲間は皆考えてます。だから集う。そんなに悪くはないと感じます。

秋実:諸橋本解説最後の2行(この章の最後に述べ一見、孔子の教を受諾しているようには見えるが、不幸にして景公は、これを実行に移すことを忘れ、ついに齊国の大乱をかもし出すに至ったのである。)が大事だと思った。

奏江:自分とも、その他の全てのものとも真剣に向き合ってやっていく。自分の気付ける範囲でしか気付くことができないし、自分には正しいかどうかなんてわからないということは常に意識していく必要がある。ただ真剣に向き合って前を向いて進んでいく。

遠雷:自分の中に「輝くものがある」と信じることは大事だと思います。しかし一方で、現実はひどい状態の自分であることを謙虚に認め、進んでいくしかないと思いました。人それぞれ、捉え方、感じ方が違う。

以上