神仏習合の学びを日常に
お釈迦様は、修行者に対して「汝自身を知れ」と説かれました。
仏教の最も基本的な教えが説かれているとされる原始仏典の中にも、
自分と向き合うことの重要性が説かれています。
自分自身を知ることは悟りへ向かう最初の一歩と言えるのです。
九型十八心観を修し、自分の心について洞察を深めることで、
悟りへの道を一緒に歩んでゆきましょう。
会社で、ある部下とのやり取りをする際、以前よりも相手のタイプの行動の意味を考えることにより、イライラすることが少し減ったような気がします。タイプの違いであることが認識できてからは、ある程度受け入れることができ、指示する内容を変えていくことや、指示した後の待ち方を変えていくことで良い方向に向かっているような気がします。これも十八心観の修養のお蔭です。(Kさん)
回を重ねる毎に自分と周囲の人とはこんなにも考え方が違うのかと、驚きの連続です。自分の苦手な人にも、以前に比べて苦手意識を持たず接することができるようになった気がします。何か、気に障るようなことを言われても、それが必ずしも自分に対する嫌味や悪口ではないと知ったことで、他人に対する恐怖心が半減しました。(Aさん)
同じタイプのメンバーとのディスカッションで、雑談を通して、自分のタイプをよりよく知り、自覚することができました。長年隠さなくてはならない悪しき性質だと思っていたものの仕組みを知ることで、光が見え、また衝動的事実がわかり、実感でき、なんだかまっさらになったような清々しさがあります。(Nさん)
十八心観を学びを始めて、とても面白かったです。自分のどうしていつもそうなってしまうのかという理由が分かり安心しました。また、違うタイプの人に対しても夫々に根底の理由や価値観が違うと分かれば納得できるし、理解できると思いました。根本的な部分で自分は何を求めているのかをもっと深く知りたいです。(Kさん)
十八心観の自己分析が、このように向上へと繋がっていたことを御教え頂き、身が引き締まる思いです。これまで見たくなくて、わからなかったことに、ようやく光を当てしっかり認識できたことが、今後の改善のために必要だったと思います。(Sさん)
各タイプは執着の型であり、その人、その人の向上に必要なものを教えてくれるプログラムだと思いました。御指導をいただいてから4~5年になるかと思いますが、今では「十八心観」がある生活は当たり前のようになっています。十八心観が無かったら人生や来世以降の進むべき道が正しく分からず、何を手がかりにしていたのだろうと思うと、とても恐ろしい気持ちにさえなります。十八心観の御指導をいただけて本当に有難く思います。(Mさん)
掘り下げると、自分という人間が浮き出てくるようでした。不思議なほど自分を表わしている部分が多く、驚きました。幾度となくやっているとはいえ、同じタイプ同士で顔を合わせると、その場の空気がとけるようです。母に理解されたくとも出来なかった自分のこと。誰かに理解してほしいとずっと思っていましたが、ここに、それを理解共有できる仲間が、素晴らしい繋がりがあることを実感しました。今まで全く気付かなかったのですが、自分の中に人への強い執着があることに気づきました。今回参加しなければ同じことを延々繰り返していた事でしょう。はっきり自分のタイプが分かってホッとしました。因縁そのものに気づくと因縁が消える。まだ気づいていないものも沢山ありますが、まさに奇跡、救われた思いです。(Mさん)
「今までなにをやってたのかなあ」というのが今の思いです。両親を求めながら恨み続けて、自分を可哀想がって、どうにもならないと思い込んで人生を閉じ、またループの渦の中に入って同じような人生を繰り返すのは絶対に嫌です。でも、御指導を頂き、両親、親族との縁を含め、自分の人生をやっと受け入れられたような気がします。残りの人生を十八心観の学びを基に、健全度が上がるように努力し、自分が、新たな自分を生み出していくことをしっかり胸に刻み、残りの大事な人生を努力して、少しでも来世が良くなり、より良い転生が続くような人生を歩めるようになりたいです。手放すというのは、思い込みに気付くことなのだと思いました。心が楽になりました。(Eさん)
因縁による業の強さを実感しております。そして、小さい頃の両親の影響が如何に強力に自分の人生を縛ってきたのか、自分のタイプを形成してきたのか、ループはどうして起こるのか、大変よく理解出来ました。今までの人生において、いいことも悪いことも含めて無駄なことは一つも無いことも実感できております。(Aさん)
凡人の私一人では到底わかることが無く、その法則を利用して実際に変わっていく一歩を踏み出させて頂いたことは決定的なかけがえのない事だと感じています。サブタイプまでじっくり見て分析し、グループの話をきけたことで、自分の傾向パターンも更にはっきり見えてきたことは、今後の方向性を考えるうえでとても良かったです。人間的なものと霊的なものを十八心観を通して学べたことは良かったです。(Iさん)
抑圧が自信を持てない自分を作り、また、同じく抑圧により「楽しみ」が一体何なのか分からない状態を作り出した様に思います。管長が御著書『ループ』に書かれていらした様に、『自分』を再びと見つける作業の向こうに、忘れていた「自分」の本来の楽しみが戻ってくる様に思います。(Hさん)
日常での悩みを通して、あなたがどんな人か見えてきます。
あなたにとって一番の悩みはどれですか?

あなたは誠実に整えようとする力を持っています。でも、誠実であろうとするその力が、今のあなたを窮屈にさせているとしたら・・・。“正しさ”という名の、見えない鎖に縛られていませんか。仏教の智慧は、あなたに「もっと頑張れ」とは言いません。その張り詰めた心を根底から解き放ち、「正しさのその先」にある、本当の自由としなやかさを取り戻すための、究極のメンタル・サイエンス(心の科学)ともいえます。その気づきが、張りつめた心をしなやかにゆるめ、あなた本来の輝きを引き出す「ゆとり」を生み出します。

あなたは力強く生きる力を持っています。では、なぜそうなるのでしょうか。誰よりも高く、鋭い「心の防壁」を築いて自分を守り続けてきたのですね。その力強さは素晴らしいものですが、常に敵を警戒し続ける毎日に、心は悲鳴を上げていませんか? 仏教を学ぶことは、宗教の門を叩くことではありません。「勝ち負け」という終わりのない戦場から一歩外へ踏み出し、戦わなくても満たされている自分に気づくプロセスです。その気づきが、強さにやわらかさを添え、何者にも脅かされない心底からの安心感を与えてくれます。

あなたは周囲を優しく包み込む「凪(なぎ)のような和ませる力」を持っています。しかし、鏡のない世界で自分の顔が見えないように、他人の色に染まり続ける毎日は、あなたを透明な存在に変えてしまっていませんか?仏教の智慧は、あなたを外側の嵐から守る「心の錨(いかり)」です。心の奥底に隠れた“強烈な回避の動機”を直視したとき、ぼやけていたあなたの輪郭は鮮やかに浮かび上がります。その気づきが穏やかな海面に確かな軸を立てるように、あなたの意識を明確にし、行動に揺るぎない芯を通していきます。

あなたは誰かのために自分を捧げられる、尊い献身の心を持っています。しかし、その優しさがいつの間にか「愛されるための交換条件」という見えない檻にあなたを閉じ込めていませんか?仏教の智慧は、あなたに「もっと尽くせ」とは言いません。あなたの善意がなぜ苦しみを生むのか、その「愛の渇き」の正体を解き明かし誰の評価にも左右されない、心の内側から溢れる「真の充足」へと導きます。その気づきが、見返りを求める心の渇きを癒やし、奪い合う関係から「与え合う喜び」へと人生を鮮やかに転換させます。

2あなたは2誰よりも高く自分を磨き続けられる「たゆまぬ向上心」を持っています。けれども「評価=自分の価値」という捉え方により、心の鏡に「他人の顔色」ばかりを映し出し、自分自身の本当の輝きを忘れてしまってはいませんか?仏教の智慧は、あなたに「もっと結果を出せ」とは言いません。評価という名の“終わりのない椅子取りゲーム”から卒業し、揺らがぬ「心の聖域」をあなたの中に築く導きです。結果に左右される脆さを手放させ、どんな評価の中でも凛としていられる、確かな自分を見出させてくれます。

あなたは物事の本質を人一倍深く見通せる、鋭い感受性を持っています。しかし、その視線が「幸福そうな他人」という幻想に向けられたとき、心は「自分だけが取り残されている」という底なしの虚無感に飲み込まれてしまいます。仏教を学ぶことは、外側の景色に一喜一憂する自分を卒業し、自分自身の「心の構造」を解き明かす冒険に出ることです。その学びから得られる気づきは、痛みを伴う孤独を「清らかな独り」という安らぎに変え、迷いのない、凛とした「本来のあなた」を呼び覚まします。

あなたは曖昧さを許さない「真実を見極めようとする知性」を持っています。けれども、「分からないことへの不安」から距離を取り完璧な正解を求めるあまりに「理解」という名の安全な檻の中に自分を閉じ込め、外の世界を「予測不能な脅威」として遠ざけてはいませんか?仏教の智慧は、あなたに「無理に心を開け」とは言いません。頭でっかちな理屈を超えて、「分からないままの現実」と共にあるしなやかさを育む技術です。その気づきが、未知への不安という重荷を下ろし、どっしりとした安心感を心に呼び覚まします。

あなたはあらゆるリスクを想定し、慎重に最善を選び取ろうとする「深い洞察力と誠実さ」を持っています。けれども、まだ見ぬ未来をコントロールしようとするあまり、「正解という幻」を追い求める終わりのない旅に疲れ果ててはいませんか?仏教を学ぶことは、不確かな未来に怯える自分を卒業し、今、ここにある揺るぎない大地に根を張る技術を手に入れることです。不安の正体である「未来への過剰な投影」という心の仕組みを解き明かし、どんな結果が訪れても動じない「内なる安心の場」をあなたの中に築きます。

あなたは常に前を向き、周囲を明るく照らそうとする「たゆまぬ生命力」を持っています。しかし、その明るさの裏側で、「退屈や孤独という影」や「後悔」を強烈に拒絶し、そこから必死に逃げ続けようとする自分に疲れ果ててはいませんか?仏教の智慧は、あなたを「影」から逃がすのではなく、光と影のどちらにも揺さぶられない「不動の心」を授ける技術です。その気づきが、影を恐れる不安を「どんな状況でも損なわれない安心感」に変え、あなたの思いと行動の一つひとつに揺るぎない芯を通していきます。
◆九型十八心観では、自分自身の最も特徴的な傾向を知ることで、的確な改善方法と、着実な成長への道筋を見出すことができます。